[2017.0903]チェ・デホ 牧師 「 遺言を執り行う者 」

「 遺言を執り行う者 」

私たちが使う言葉の中、最も畏れ多く時に負担になってしまう言葉は遺言ではないでしょうか。死の目前で最後に残す遺言は、残られた人たちに与えられる最後の願いであり、命令なのです。ですから、クリスチャンたちはイエスの遺言とういう重荷を担って生きる人たちだと言えます。イエスがよみがえられて天に上れる前に仰った“しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。”というみ言葉がイエスが残られた最後の遺言なのです。

 

宣教と伝道は同じ言葉でもあり、違う言葉でもあります。宣教は言語と文化が異なる他文化圏、国、民族に行われる福音の宣べ伝えであり、伝道は同一の文化、言語圏、民族の中で行われるものだと理解しているでしょう。また、活動の幅の面では、宣教は福音を宣べ伝え、個人の人生全体に関わる一方、伝道は単に福音を伝えることです。

 

伝道という言葉は、イエス・キリストの福音を知らない人たちに伝える行為なので、福音伝道という言葉を使います。また、伝道という言葉は、キリストの十字架を伝えるものです。真の伝道は主のみ言葉を加減なしでキリストの十字架を事実そのまま道を失った人たちにいのちの道を明らかに見せて伝えることです。

伝道の真の目的は主の御国を宣言し、そこに立ち返らせることです。主のみ言葉には無限のいのちがあります。伝道はいのちを伝えることであり、いのちがあるところに伝道があります。ですから、私たちの伝道はいのちを紹介することで、いのちを生かす活動なのです。ところが、伝道を純粋ではない肉身の欲でしてはいけません。教会が堕落すると、たましいに対する関心は薄くなって、ただの勢力の拡張、または信徒の数の増加だけに汲々とするようになります。このような活動が表には主のために働くように見えるかもしれませんが、実はむしろ主が喜ばれないことになるのです。

伝道者はキリストの幸いの手紙を伝える人たちを指します。イエスは伝道者たちが整えるべきことについて仰いました。まず、マタイの福音書10章16節を見ると、“わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。”と言われました。これは伝道者が狼のような世に出る時、罪に染まらないようにという意味です。

そして、マタイの福音書10章19-20節には伝道者が聖霊に徹底して頼るべきだと仰います。多くの人たちが伝道の使命を忌避する理由の一つが伝道の対象者から難しい質問をされたら適切に答えられないからです。だからこそ、伝道は聖霊の力でするものです。何かをする時は手段も必要ですが、伝道だけは手段は要りません。その理由は人にいのちを手段として与えることはできないからです。ゼカリヤ書4章6節に“權力によらず、能力によらず、わたしの霊によって。”と主が仰ったのでこれが伝道の原則なのです。

真の信徒は聖霊が臨まれるとその証しとして伝道したくなります。ところが、伝道は情熱だけで何も準備なしでしてはなりません。先ず、天のみ国を宣べ伝えます。イエスは弟子たちに願われたことは、“天の御国が近づいた”という事実を宣べ伝えることでした。天の御国は死後の場所の意味のみならず主の主権が到る所ならそこが天の御国なのです。ですから、イエスを受け入れると、天の御国での生活が始まるのです。

また、伝道は近いところから始まります。イエスも“エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果て”だと本文の8節で順序通りに伝道することを仰いました。家族と親族から始めて次に隣人と国に遠いところに向かいます。

そして、主だけを信頼し、宣べ伝えます。伝道は人の信仰や力でできる領域ではありません。ゼカリヤ書4章6節に“わたしの霊によって”するのだと、マタイの福音書6章33節には“だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。”と仰いました。ですから、伝道者は聖霊が臨まれた後、どのような環境の中でも主に拠り頼り、進んでいきます。伝道者は他人にみ言葉を伝える前に、先ず自分自身が伝えることに対して確信を持つことが大切です。伝道に確信を持って伝えると、主が働かれて力が現れます。

信徒の皆様、この世を生きながら皆様が出来る最も価値あることは人を生かすことです。いのちがない人にいのちを与えることです。イエスの遺言、最後の頼み、最後の命令をいつまで遠いところでただ見るだけにするのでしょうか。主の約束を心に留めてください。

マタイの福音書28章20節に“わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。”と言われます。勇気を出してください。私たちを待っているたましいに向かって皆さんが伝道し始めると、主が完成してくださいます。真実である主の御手を握って主の遺言を実践するために力強く進むことを切に祝福します。

 

Posted in 主日説教 and tagged .

댓글 남기기

이메일은 공개되지 않습니다. 필수 입력창은 * 로 표시되어 있습니다